ははずきんちゃん

東京23区東部在住。37歳妊娠、胎盤ができる位置に子宮筋腫があり胎盤がふり落とされる可能性とのことでハイリスク妊婦になる。妊娠初期から出血がつづき、ほぼ安静の妊婦生活。その後、無事38歳で息子を出産。息子3才になり私の気持ちや体調が落ち着いてきたので今までの日々や今後の日々を綴ってみたいと思います。

2014年11月14日 緊急入院

立っただけ それでも出血 恐怖の日

11月14日
夜中に両目の白目が腫れて涙がいっぱい出た。
アレルギーらしくてよく白目が腫れる。目を洗ったりしてどうにか治り寝た。
7時半に起きて洗濯物まわしてトイレに入ると出血。
すごく前向きなのにそれでも出血する。
夫が一日分の食事を用意してくれてお仕事へ。私は安静頑張るぞ。
朝ご飯、お昼ご飯も食べ、また安静のため横になる。
合間に起きてトイレに行くとパンツに血がついていた。
こんなに安静にしているのになんでー!?と1人で叫び
パンツを手洗いしていたら子宮が痛くなってきた。きっと精神的ダメージ。。
パンツ洗いはまだ途中だけどひとまず横になる。胎動あり。よかった!
病院に電話した方がいいかな。でも寒いしどうしよう。
安静か薬か。。ひとまず様子見。
夕方、起きてトイレに行くとまたパンツに赤い血が付いていた。
股の白い布が全部染まるくらいの出血に赤いツブツブが入っていた。

夜7時半になり、私は動いて大丈夫かお腹痛くならないかと心配する。
起きてみたら大丈夫だった。夕飯食べて洗濯物畳みオレンジジュース飲んだ。
夫9時半帰宅。お帰り〜と玄関へ行くと股から何か出た感じがした。
トイレに行くと真っ赤な血とレバーの固まり2個が出た。
お仕事で疲れているであろう夫に私「病院行かなきゃ。」と言い
病院に電話して出血の事を話す。
「さっきレバーみたいのが出てまだ出血も止まりません。」
病院
「お腹は痛くないですか?胎動はありますか?」
私「お腹は痛くありません。今、胎動はわかりません。」
外に出てタクシーを待つ。
私「帰ってきたタイミングでよかったー。私1人だったら倒れてるよ。」
夫「一緒の時でよかったね。」
タクシーの運転手さんがそこの病院で命拾いしたという話をしてくれて
何となく安心して
10分で病院に着き30分待合室で待ち、検査と内診と胎児の脈ホルダー検診したり
血液検査と尿をとって深夜1時が過ぎた。
助産師さんにウテメリン(薬)の錠剤を素手でつまんで渡され飲んだけど
大丈夫かなと心配になる。助産師さんの手キレイなのかな。

明日から土日で夫と一緒にいられるのに私は入院になった。
301室の6人部屋。

夫は入院手続きや義兄に保証人になってもらう書類を書いてもらったり
土日やる事がいっぱいになりそう。夫はタクシー乗って家に戻って行った。
私は固いベッドと固いで格闘して眠れず
どうにか2時間くらいウトウトできた。。)
夫との楽しい日々を思い出して涙が出た。

追記:
この数年後、私が子育てにほんの少し余裕が出てから
夫が教えてくれた話だと、この時に無事に産まれてこないだろうという説明など医師からされていたそうだ。私が精神的に落ち込むからと伝えなかったらしい。何年もよく黙っていられたなぁ。そして顔色変えずに普段通りにしてくれていた。
すごいなぁ。涙