ははずきんちゃん

東京23区東部在住。36歳頃に胎盤ができる位置に子宮筋腫ありと診断され、医師から不妊治療を勧められる。37歳で妊娠するも筋腫が邪魔をし胎盤がふり落とされる可能性とのことでハイリスク妊婦になる。妊娠初期から出血がつづき、ほぼ安静の妊婦生活。38歳で息子を出産。息子3才になり私の気持ちや体調が落ち着いてきたので今までの日々や今後の日々を綴ってみたいと思います。

2014年11月20日入院生活7日目

環境が 似てるからかな ホッとする

途中、起きたりしたけど4〜5時間眠れた。
昨夜の田中さん別人のように静かだったな。
私がうるさいって思っているのわかったのかな。
そんなこともないだろうけど、あれだけうるさかったのに静かになると気になる。
朝方5時に昨夜、夜食にもらった紅茶メロンパンを食べた。
お砂糖落ちる〜。ゴロゴロしながら食べるなんて家じゃ出来ない。ちょっと楽しい。
少しウトウトして6時過ぎに絵日記描いた。
ティさんの様子を助産師さんが何度も診に来る。
ティさんにまだ管はつながっているけど特に目立った痛みはないみたい。
助産師さんにお水を飲ませてもらってスヤスヤ寝ていた。おならはまだ出ないらしい。

ラジオ聞きつつゴロゴロ。胎児心拍確認。元気だった。
朝食後、歯磨きに行ったらアンちゃんがいてお話をする。

膣洗浄の時間になっても呼ばれなく、10時に呼ばれたけど先生来なくて
私は台に乗ったままお尻を出したまま冷えながら過ごす。
ようやく先生が来て診てもらう。
私「トイレで踏ん張ったらうっすら出血しました。
2回出血と黄緑色のおりものです。」
先生「ちょっと茶色いのが出ますね。」大丈夫そうな言い方。

次はホルダー検診。
胎児が動いたらボタンを押さなければいけないのに寝ちゃった。

アンちゃんから井戸端会議の集合がかかり参加。
年の話になった。
61年生まれ60年生まれ58年生まれ。
私51年生まれ。なんだか辛い。いつ年とった?
38才には見えないと一応驚かれた。メルヘンちゃんとあだ名がついた。

部屋に戻って母親学級の用意をして30分寝る。
病院内の母親学級、5分遅れで着いて話し合いコーナーがあって
そういうところに集まる妊婦さんはエリート妊婦。私、疎外感。
お話を聞いても私に当てはまらないことばかり。
悲しくなりながら病室へ戻ると、前のお風呂の人が私に声をかけてくれた。
あれ?休もうとしているのに私4時半だけどなぁ。まだ3時45分ころ。
声の主を見つけようとしたけど、もういなかった。
助産師さんに聞いてもわからずにいると、私の声に気がついた人が出てきた。
30分みんな早くなっているので入ってもいいですよ〜。とのこと。
足湯しながらシャワーを浴びる。
次の人は産科じゃないから声かけるのに元気な人だといいなぁ。
恐る恐る次の人の病室へ行く。そしたらいつも廊下を歩いているおばあちゃんだった。

夕飯、食べる前に母親学級で悲しかった複雑な気持ちを
アンちゃんに話したりした。
あんちゃん31週「頸管は1.5センチで1週間経っても変わらないから体質かもって。
あと1週間様子見だよ」

夫がやってきて夕飯の牛乳をあげる。いらないらしいけど飲んだ。
アンちゃんも一緒にお話する。なぜか旦那さんと出会った場所を教えてくれた。

みんな解散し、胎児の心拍診てもらい大丈夫と確認してもらった。