ははずきんちゃん

東京23区東部在住。37歳妊娠、胎盤ができる位置に子宮筋腫があり胎盤がふり落とされる可能性とのことでハイリスク妊婦になる。妊娠初期から出血がつづき、ほぼ安静の妊婦生活。その後、無事38歳で息子を出産。息子3才になり私の気持ちや体調が落ち着いてきたので今までの日々や今後の日々を綴ってみたいと思います。

2018年4月から3歳の息子の睡眠の変化

 寝かしつけ? どうやるのかな わからない

息子が3歳になってから夜の睡眠に異変が起きた。

2才すぎまでベビーカーで13時半から15時半くらいまで昼寝をしていた。
一緒にお昼寝して楽。
2才半くらいから昼寝がなくなり18時半に寝ていた息子。
早くて寝てくれて楽。
夕方16時頃夕飯→17時半お風呂→18時半就寝。
寝るときは指しゃぶりをしながら私にバイバイと手を振り
寝室のドアを閉めると瞬時に1人で寝ていた。
楽だけど、指しゃぶりのタコは大きく唇の上にもタコができている。
指しゃぶりがいつとれるか悩みつつ最近は出っ歯にもなってきたので気になる。

私にとって18時半以降が家事をしたり
お菓子を暴飲暴食して育児疲れを発散できる良い時間だった。

なのに3歳になったら20時半すぎまで起きているようになり
下手すると夜10時過ぎまで
一緒にいて〜。」「絵本読んで〜。」「トイレ行く〜」と起きている。

今までほおっておけば寝ていた息子に対して
なにをすれば寝るのかちっとも分からない。

私はお風呂上がりに洗濯物を回し浴室乾燥機で干しているのだけど
寝ない息子は洗濯物を回すボタンを押し「洗濯物はまだかなぁ」と待ちわびる。
自分の洋服をハンガーにかけるお手伝いを楽しみにするようになった。
いいのか。。悪いのか。。ますます寝る時間が遅くなる。

朝に洗濯物を回す時間もなくお天気を気にしていると
洗濯物がたまるストレスから夜に洗濯物をしている。
朝か夜か洗濯物はいつすればいいのか揺らぐ。
昼間も一緒にいるのだから早めに解放して欲しい。

そうこうしているうちに4月になり
幼稚園に入ったら午前中に私の時間も少しできたけど
(とはいえ始めの4月から5月は1時間保育。
早くても往復20分かかるから私の時間はほぼない。
ぎっくり腰にもなり辛い。歩みが遅い。
靴下履けずにいたら息子が履かしてくれた。優しい。
夫はご飯用意してくれた。優しい。)

午前中は私の体が動きにくい。足冷えてるから血流が悪いのかな。
楽しい時間はやっぱり息子が寝たほっとした夜だ。

3歳になったら指しゃぶりをやめると言っていた息子。
指をしゃぶることもほとんどなくなり(寝てからは少々しゃぶる)
その指の代わりに私に甘えるようになったようだ。

だけど息子の日課はまた変化し
洗濯後「じいじにでんわ〜」と言い
最近は20時頃に寝室でじいじに毎晩、電話し歌やお話をしている。
私はそのとなりでゴロゴロしつつ息子が寝るのを待つ。
寝た息子の後は私がじいじと電話を変わるので次は私がじいじと話す。
毎晩の話の内容がほとんど病、体の事で憂鬱。
(じいじは息子には健康の話はしていない。)

明るいことを話したいのだけど願い叶わず内容を思い出し朝起きても憂鬱な気分。
どうにかできないものか。
そんなじいじはおかげさまで健康なようだ。
じいじ効果か息子の指しゃぶりは治りはじめ、出っ歯も治ってきた。

息子はじいじとお話してからオルゴールをかけて寝る。
きっと幸せ。

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2017年幼稚園面接当日

乗り越えて 絆がますます 強くなる?
 

<面接>第一志望の園は願書を夫が朝6時に早起きして行ってくれたので
    9時の面接になる。

園長先生がいるお部屋に呼ばれる。
親子面接。
息子への質問がほどんどだった。
名前、色、好きな食べ物、遊びについて。

名前が言えなかったら落とします。と見学会で言われていたので日々特訓。
息子、小さな声だったけど名前を言えたのに
もっと大きな声で言って欲しかったのか、聞こえなかったのか
園長先生が5回くらい「お名前は?」と聞いてきた。
子供に接する話し方ではなく大人に対する話し方での質問。
私が小さい時にこの状況に立たされたら怖くて何も答えられない。
息子この時、2歳8ヶ月位。
あまりに何度も聞かれるのでどうしようもなく思ったのか追いつめられて
椅子の上で上半身を左右に回転させるように動き始める。
真面目な場面でのその動きがとても面白く思える。
へんな動きはしたけど息子頑張って一通り全部の質問に答えられた。

私への質問は子供は日頃どのような遊びをしているか。
お友達と遊んでいるか。子供の性格など聞かれる。
私ドキドキしていて語尾がおかしくなる。「〜ございますです。」
息子より私の方がダメだ。

次、 担任になるであろう先生にまた親子面接。
私が面接の部屋に入る前に次は積み木で遊べるよ。と息子に言ったため
息子は先生の後ろにある積み木の箱のところへ一目散へ行き
積み木をとって私にもってきた。あぁ〜余計なことを言ってしまった。
気をとりなおして、先生の手元の積み木を見るように息子に伝える。

席につき、また息子は名前を聞かれ、好きな色や積木の色についても聞かれる。
先生が積み木で作った汽車と同じものを作るテスト。
全部できた。
よくできた!息子。これで受からなかったら私のせいだ。

 

家に帰り第二希望の幼稚園の面接にむけて昼食をとる。

<第二志望の面接>9時に願書を出しに行ったら14時45分の面接になった。
親子分離
私は志望動機などのアンケートを待っている間に書かされた。
落ち着いて家で書きたい。
待ち会い室にいる間、この園にはもう来たくないなぁ。となんとなく思ってしまった。
エンターテイメント性も高く先生が笑っていてかわいくてとても人気の園なんだけど。
夫婦で面接に行かなければいけない園なのに私と息子2人。
だって夫仕事休めないんだもの。仕方ないじゃない。
休めない業種もあることを知ってほしい。

私は園長先生の部屋に呼ばれて面接。
息子の名前の由来
登園方法
今まで園の行事に参加して印象に残ったこと

私が面接を終えて息子を迎えに行くと
息子は先生と他の部屋で遊びながら質問をされていた。
先生「何才?」
息子「2才』
先生「洋服は誰が買ってくれたの?」
息子「おかあさん」
先生「おかあさんは優しい?」
息子「世界一かわいくて優しいおかあさんなの」

うん。世界一か。かわいいか。最近一気に老け込んでいるけど。
疲れて体力もないからあまり優しくもないのだけど。。
日々の夫の刷りこみが効いている。
長いこと息子は先生と遊んでいたから他のこともたくさん質問さてれいたと思う。

息子と帰る。乗り越えた。絆は更に深くなった気がする。
面接には来れなかったけど夫も出来る事は一緒に頑張ってくれた〜。

面接すべて終わった〜!

結局、黒いパンプスは新調しなくてもよかったな。
園に着いたらすぐ脱いだから誰も見る人はいなかった。
少し古い黒のパンプスでもよかった。
いろいろ神経質になって全部揃えてみたけど今後着ることってあるのだろうか。
でもこの一回に全力を注がなければと思ったのだから必要なものだったのだろうけど。

 フォーマルスリッパはスーツに合わせるなら必要かも。
でもお受験用!とスーツもスリッパもあまり気にしていない人もいたから
(花柄のルームスリッパなど)
ちゃんとしています。という感じがすればいいのかもしれない。
私は気が小さいのでできるだけ全部揃えてみた。

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2017年幼稚園面接の服装

お受験か? 皆のスーツは 何色だ

さんざん悩んでこうなった。

<私の面接のコーディネイト>
髪の毛はシンプルな髪留めで1つに束ねる
(私の髪の長さは肩の少し下くらい)

面接のスーツは茄子紺、インナーは黒のシャツ
(Harrisジャケットとスカート
ジャガードパイピングノーカラースーツ茄子紺)
寒いのでパンプスでもギリギリはける程度の厚手の肌色タイツ
黒いパンプス(BARCLAY)
園では靴を脱ぐのでフォーマルスリッパ


<息子面接のコーディネイト>
黒のフォーマル靴
白いシャツに紺のベスト
グレーに少し黒格子の入った長ズボン
園では靴を脱ぐので白い上履き

 

 冷え症なのでなるべく厚手のタイツで行きたいけど
面接は肌色か黒のどちらが良いのか悩む。
公園で息子と遊んでいたら息子の体操教室で一緒だった親子の母が声をかけてくれた。
特におしゃべりはしたことなかったのだけど挨拶だけは頑張ってするようにしていたのでよかった。
体操母「どこの幼稚園受けるか決まりましたか?」
私「◯◯園です。」
(この方の娘さんは私が第一志望している園に年中さんで通っているので
息子と同年の男の子が兄弟枠で入園できることがすでに確定している。
うらやましい。)
とにかくタイツの色を聞かねば。
体操母「黒でも肌色でもなんでもいいわよ。そのときの天候に合わせれば大丈夫よ。」とのこと。ネットにもタイツの色について書いているものが見つからず困っていたから助かった〜。
その他、願書を出しに行く時間や面接の事について教えてもらいほっとする。
だけどこのお母さん少し怖いところがあってなんだか睨まれているような時があったり
体操教室で挨拶した時にすごく不機嫌な態度をとられたりしていたので
どうして教えてくれたのだろうと疑問に思いつつ家に帰る。
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2017年10月入学願書配布の日

思い出す 入園できるか 出来ないか

今日は入学願書の配布の日。
昨年の事を思い出し落ち着かなくなる。
昨年はずっと幼稚園に入れるかずっと緊張と恐怖で落ち着かなかった。
入りたいと思っていた幼稚園は
「半数が兄弟枠で埋まるので他の園を受けてください。」と4月の見学会で
園の先生に言われ絶望しかなかった。
だけどやるだけやろう。と突き進み2つの幼稚園の見学やイベントに
参加できるものはすべて参加して
児童館や公園で出会うママに園の面接や情報を教えてもらい
まだまだ腰はひけていたが早めに夫と私と息子で面接の練習を始める。
一緒に見学会へ参加したママ友はその恐怖に耐えきれず10月に隣の区へお引っ越し。隣の区なら区立と私立の三年保育があるから入れる可能性が広がる。家賃は上がるけど区立に入れればトントンだと。
それを聞き私たちも夫婦で隣の区へ引っ越しするか悩んだ。
住んでいる区は区立は2年保育、私立しか3年保育がないため選択肢が私立しかない。お引っ越しはせず私立を受けることにした。
毎日、私1人で息子と遊ぶ体力、気力はもうない。
私が人と接するのを苦手とするため息子の友達は幼稚園でできる事を望みつつ。

入園願書の配布は300円。もらいに行くだけでも緊張。

<第一志望園の用紙に記入すること>
 ●名前
 ●家庭での呼び名
 ●保護者名
 ●本人との関係
 ●生年月日
 ●現住所
 ●自宅/携帯番号
 ●家族および同居人の氏名/本人との関係/生年月日
 備考には職種を書くのか悩んだが特に記載しなかった。
 ●主として養育した人
 父、母と書いた。
 ●性質/長所、短所、なおしたいところ
 これ面接でも聞かれた。長所も短所にもなるので言葉選びが難しい。
 こんな感じにしてみた。
 長所:心穏やかで人や動物が好きなところ
 短所:好奇心が旺盛で目移りしてしまうとこと
 なおしたいところ:見知らぬ人に声をかけれた時、手をつないで歩いてしまうこと
 ●家庭での教育方針
 ありがとう、ごめんなさいを素直に言え人に感謝する気持ちを忘れずにと教えています。また相手の立場になって行動ができるるようになってくれればと思っています。
 ●本園に対する希望
 幼稚園のホームページに記載されている幼稚園の方針みたいなものを参考に書いた。
 ●生活/家で遊ぶ友達、好きな遊び、特に興味があること
 好きな玩具、毎月みている本、とくにけいこしているもの
 ●健康/かかりやすい病気
 風邪はかかりやすい病気とは言わないのかなぁ。と悩み「特にございません」と
 記載。
 「特にありません」か「特にございません」かも悩んだけど丁寧に「ございません」 にしてみた。
 既往症/はしか、すいとう、百日咳、おたふく風邪ジフテリア、肺炎
 何歳になったか記入欄あり。
 ●予防接種/はしか、おたふく、風疹、水痘
 予防済みのものに丸の記しをつける。
 ●最近した注射
 ●食べもの/好き、嫌い、アレルギー
 ●クセ/おもらし、左利き、吃音、指しゃぶり
 あったら丸の記し 
 ●産まれたときの体重、
 歩き始めの時期(何も支えがなくても歩く時期と考え1歳2ヶ月にした。)

 ●排出の間隔(便か尿か悩む。小さい欄だったが両方書いてみた)
 ●健康の体温
 ●栄養/人工、母乳、混合(息子は混合)
 離乳の時期/母乳8ヶ月、人工は1才と記載
 ●歯の生えはじめ/8ヶ月?もう聞かれても分からないなぁ。けどきっとこんな感じ。
 ●話はじめの時期/ママ、ブーブー1歳5ヶ月 2語文、2歳
 ●自宅から園までの距離
 ●通園に要する時間/徒歩か交通機関を利用するか
 ●自宅から園までの地図
 ●家庭で撮ったものでもいいので子供の顔写真をはってくださいの欄

深く考えると分からなくなる項目もあるので記入するのが難しかった。
面接でも聞かれることがあるので書いた事を覚えておくと
のちのち役に立つと思います。

 

<第二志望園の用紙に記入すること>
名前、住所、生年月日、性別
<用意するもの>
健康診断所
病院へ行き5000円払って書いてもらった。
入園出来るかわからないのに納得いかない出費だなぁ。
この時期、風邪ももらいたくないから病院行きたくないのに
なんでこんなことさせられるんだろう。と思ってしまい
この園へは入りたくないことがよくわかった。
でもどこにも入れないのも辛いので頑張ろう。

 

2014年11月16日入院生活3日目

家よりも 豪華に人が やってくる

11月16日
同室の隣の田中さん(仮名)とのベッドの距離は5センチ。
いびきはうるさかったけど田中さんを夫だと思ってかわいく思おうとした。
夫もいびきをかくものね。でも田中さんはかわいいのか。
いろいろな疑問を持ちつつ4時になり朝になった。
掛け布団一枚借りて少し柔らかくしたつもりだったけどまだ布団固い。
黄緑色のおりものが出る。

朝の検診。
赤ちゃんの心音聞いて今日も元気。
膣洗浄あり、今日は痛かった。
おりものは正常なものがでています。とのこと。

朝食は
レーズンパンにシチュー、牛乳。私の好きなものが出てきて嬉しい。

次はモニターでお腹の張りを診る装置。
赤ちゃんが動いたらボタンを押す。

今日は静かだな〜。と思っていたら
まだ赤ちゃんが小さくてスイスイぐるぐる回っているんだって。
どこかはじっこにへばりついていたりするらしい。
午前中にシャワー浴びる。
温まったら体の痛み(ベッドが固い〜)も軽くなった。

だけど急に左目が痛くなり涙が出る。
洗って治った。

隣の田中さんが11時半頃、他の階へ移動だって。
3歳の子供もいる母だそうだ。今夜は静かになりそうだ。

昼食もおいしく完食。
ゴロゴロしながら入院のしおり読んでいたらお腹がくだった。
ご飯のあと頭使うとくだしやすい。

姉が来てミニチーズケーキとミニクロワッサンもらう。帰って行った。
助産師さんに聞いたら私は食事制限がないから何でも食べていいそうだ。
つづいて夫が来て1時間おしゃべりした。
家に帰ったら植物の植え替えをするそうだ。

助産師さんに赤ちゃんの心音聞いてもらう。元気でよかった。

夕飯になり食べる。ハンバーグ。楽しみにしていたのに胃が痛いがほぼ完食。

食休みして安静。歯磨したりしたまたゴロゴロ。

管理されて培養されている気分。

2014年11月15日出血のため入院2日目

先生と お話できて 嬉しいな

11月15日
朝8時に朝の連ドラ「マッサン」をワンセグで字幕にしてみていたけど
頭に入って来ない。
8時15分になり同室の皆にご飯が出ているが私には届かないので聞きに行く。
昨日の深夜の入院で特別メニューになるらしく私1人遅くなるそうだ。
朝食を食べその後、細菌検査や膣洗浄をしてベッドに戻りホルダー検診。
お腹の子は元気。
(ホルダー検診=胎児の心拍を診る検診だと思っていたのだけど
ネット検索しても「ホルダー検診」の名は私には見つからず。。
間違えた言葉で覚えてしまったのだろうか。)

茶色のおりものがさらりと出る。
11時半頃、夫と姉がやってきた。
入院申込書も出してくれて荷物も持ってきてくれて帰っていった。

12時になり昼食。
同室の人とおしゃべりをしてからシャワーを浴びてすっきり。
ドライヤーをかけていると先生が私を見つけて検査結果やその他詳細を教えてくれた。
入院していると予約なしでもお話できるんだなぁ。いろいろ聞けて安心。
先生「出血はどう?」
私「茶色っぽい感じになりました。
まだウンチしていないのでこれから何が出て来るのかわからないもですが。。」
先生「踏ん張ると出るのね〜。
菌の数も少なかったのでまた洗浄して週明け月曜に再検査しましょう。」
私「週明け?。。。(今日が日曜日だとするといつの月曜日だろうと考えている)」
先生「筋腫が内側にあるから羊膜との間に隙間が出来てそこで出血しているのよ。
ウテメリン飲んで収縮をおさえて
赤ちゃんが育つ30週くらいまではウテメリン飲んでいきましょう。
外に早くでないように。」
私「また薬増えちゃう。。」
先生「今週の血液の結果では鉄は増えてきたので様子見ながら飲んでも良いでしょう。
食べ物でなんとかなるから大丈夫よ。」
出血の原因がようやくわかってきた。
筋腫持ちの人でもみんな外側にできるから出産に支障がないらしいが私の場合
こういうイメージらしい。
先生から「なんで内側にあるのよ。位置も悪いし。」と叱られた筋腫。
私の書いたイメージメモなのでほんとうに合っているかもわからなけど。。
きっとこんな感じ。袋の中にいるのは赤ちゃんのつもり。

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15時半、さらりと茶色おりもの。
夕飯までゴロゴロに専念。
夕飯。白身魚、何の味もない。ご飯が玉になっている。

同室の田中さん(仮名)の面会の人が大声でうるさかったうえに
田中さんが寝るといびきがうるさい。

2014年11月14日 緊急入院

立っただけ それでも出血 恐怖の日

11月14日
夜中に両目の白目が腫れて涙がいっぱい出た。
アレルギーらしくてよく白目が腫れる。目を洗ったりしてどうにか治り寝た。
7時半に起きて洗濯物まわしてトイレに入ると出血。
すごく前向きなのにそれでも出血する。
夫が一日分の食事を用意してくれてお仕事へ。私は安静頑張るぞ。
朝ご飯、お昼ご飯も食べ、また安静のため横になる。
合間に起きてトイレに行くとパンツに血がついていた。
こんなに安静にしているのになんでー!?と1人で叫び
パンツを手洗いしていたら子宮が痛くなってきた。きっと精神的ダメージ。。
パンツ洗いはまだ途中だけどひとまず横になる。胎動あり。よかった!
病院に電話した方がいいかな。でも寒いしどうしよう。
安静か薬か。。ひとまず様子見。
夕方、起きてトイレに行くとまたパンツに赤い血が付いていた。
股の白い布が全部染まるくらいの出血に赤いツブツブが入っていた。

夜7時半になり、私は動いて大丈夫かお腹痛くならないかと心配する。
起きてみたら大丈夫だった。夕飯食べて洗濯物畳みオレンジジュース飲んだ。
夫9時半帰宅。お帰り〜と玄関へ行くと股から何か出た感じがした。
トイレに行くと真っ赤な血とレバーの固まり2個が出た。
お仕事で疲れているであろう夫に私「病院行かなきゃ。」と言い
病院に電話して出血の事を話す。
「さっきレバーみたいのが出てまだ出血も止まりません。」
病院
「お腹は痛くないですか?胎動はありますか?」
私「お腹は痛くありません。今、胎動はわかりません。」
外に出てタクシーを待つ。
私「帰ってきたタイミングでよかったー。私1人だったら倒れてるよ。」
夫「一緒の時でよかったね。」
タクシーの運転手さんがそこの病院で命拾いしたという話をしてくれて
何となく安心して
10分で病院に着き30分待合室で待ち、検査と内診と胎児の脈ホルダー検診したり
血液検査と尿をとって深夜1時が過ぎた。
助産師さんにウテメリン(薬)の錠剤を素手でつまんで渡され飲んだけど
大丈夫かなと心配になる。助産師さんの手キレイなのかな。

明日から土日で夫と一緒にいられるのに私は入院になった。
301室の6人部屋。

夫は入院手続きや義兄に保証人になってもらう書類を書いてもらったり
土日やる事がいっぱいになりそう。夫はタクシー乗って家に戻って行った。
私は固いベッドと固いで格闘して眠れず
どうにか2時間くらいウトウトできた。。)
夫との楽しい日々を思い出して涙が出た。

追記:
この数年後、私が子育てにほんの少し余裕が出てから
夫が教えてくれた話だと、この時に無事に産まれてこないだろうという説明など医師からされていたそうだ。私が精神的に落ち込むからと伝えなかったらしい。何年もよく黙っていられたなぁ。そして顔色変えずに普段通りにしてくれていた。
すごいなぁ。涙