ははずきんちゃん

東京23区東部在住。36歳頃に胎盤ができる位置に子宮筋腫ありと診断され、医師から不妊治療を勧められる。37歳で妊娠するも筋腫が邪魔をし胎盤がふり落とされる可能性とのことでハイリスク妊婦になる。妊娠初期から出血がつづき、ほぼ安静の妊婦生活。38歳で息子を出産。息子3才になり私の気持ちや体調が落ち着いてきたので今までの日々や今後の日々を綴ってみたいと思います。

2014年11月22日〜11月25日のほんのり安静生活

親子溝 埋まる事なく 深くなり

11月22日
退院して自宅で過ごす一日目。鉄剤を飲まないはじまりの日。
久しぶりの家、ぐっすり眠れた。
夫がトマトツナパスタを作ってくれた。
ひなたぼっこしながら安静。夫が家の事をしてくれる。

そうだ。義母に電話して明日来てもらおうかな。
親子仲の悪い夫はもう少し休んで後日にしたほうがいいよ。と言ってくれたけど
今後、何かとお世話になると思い
早めに産後の打ち合わせがしたかったので電話。
私「明日ゴロゴロしてますけど良かったら来てください。」
義母「明日ブロッコリーとか持って行くからね。」
私は仲良し家族の家で育ったので不仲の家族がよくわからない。
なので義母と夫がいつか仲良くなれるといいな。と思って
私は義母に電話やメール等、頻繁にしていた。
お昼に夫が天ぷら定食作ってくれてお腹いっぱい食べて一眠り。
19時になる。スーパーに買い物へ行き21時に夕飯しゃぶしゃぶ鍋。
もう遅い時間。

 

11月23日
夫ご飯作り、家の掃除してくれる。私ひなたぼっこして着替える。

義母、遅いな。
いつ来るのかと待っていたら電話がかかってきて
すでに家の前にいるとのこと。
義母が作ってくれたお赤飯を食べながら楽しく過ごしていたのだけど
夫に、ものすごい大きな鉄球をぶち込んできた。
義母、地雷連打、踏みまくる。
義母、再起できないほどの打撃を夫に与える。
みぞおち辺りを突いてえぐり取り、あっさりノックアウトする。義母最強。

もともと親子仲が悪いというのに肝心な時に。。
一応、義母の心配や親切心から出たようなのだけど。
せっかく頼れる身内が1人だけいたというのにもう頼れない。
産後、面倒をみてくれようとする、やる気満々の義母帰宅。

私の父に電話すると
「義母を家に入れたら旦那殺されるよ。やめな。頼るな。」との事。
母のいない私はこれからどうして生きていこうか。
今まで1人で何かを育てる事に成功もしていないのに。
皆があきれるほどドジなのに。
無事に子が産まれてきても夫のいない平日、無事に育てられるだろうか。

義母から「ごめんね」と電話があったけどもうダメだ。
きっと何が悪いのか本質が分かっていない。
人の溝は修復不可能。

私も大泣きして夫とひとまず昼寝。
寝起きに気持ち悪くなったけど乗り越え
イッテQみながら夫の作ったカレーライスを山盛り食べた。

11月24日
義母ストレスか入院手前の出血。レバーのような固まりが1センチくらいでた。
3回ほど出血してまた寝る。夫はストレス寝。
たくさん寝て鼻水が出て鼻声になった。

 

11月25日
今日から夫お仕事のため私1人デビュー。
暑くて3度、目が覚める。明け方トイレに入るとまた出血。
お腹の張りはない。
不安なので父に電話。
父「お医者さんの言っている事を信じてストレスなく過ごすことだよ。お腹がある程度大きくなったら子が大きくなるだけだから、しばらくしたら出血も少しおさまるかもしれないよ。完全には止まらないだろうけど。」
私「そうかもしれない。
ウンチすると出血するからしたくないのにウンチしたくなってきたよ〜」
電話切りこわごわトイレに行くと少し出血。
病院に母親学級キャンセルの電話してしばらくすると父から電話。
父「どうだった?」
私「少し出血したけど大丈夫だった。」
夕飯食べてゴロゴロして
踊る!さんま御殿みてたら父から電話「大丈夫?」
私「無事だよ〜。さんまみてる。」
夫、23時ころ家着。