ははずきんちゃん

東京23区東部在住。37歳妊娠、胎盤ができる位置に子宮筋腫があり胎盤がふり落とされる可能性とのことでハイリスク妊婦になる。妊娠初期から出血がつづき、ほぼ安静の妊婦生活。その後、無事38歳で息子を出産。息子3才になり私の気持ちや体調が落ち着いてきたので今までの日々や今後の日々を綴ってみたいと思います。

2018年2月 乳がん検診に行く

医者のせい?! 病院嫌いが 更に増す

区からの検診案内が届き、意を決して病院へ行く。

毎回、病院は手が震え目の前がクラクラするほどの恐怖。
胃も気持ち悪くお腹も下す。

今回はマンモグラフィと触診。
卒乳2年後の今でも搾ると母乳が出ると問診票に記す。
気持ちが負けて検診で不健康になる。
逃げ出したいけどしっかり検診を受けるところが私の良い所だと思う。
待合室で苦行のように待ちようやく呼ばれた。

問診票を診た男性医師ちょっと怖い顔をしつつ
「母乳が終わってから2年間も母乳が出るなんておかしいなぁ。
だってもう生理も来てるでしょ。
脳下垂体に腫瘍があるかもしれないから血液検査をしましょう。」

私「えっ。胸のマッサージとかいつもしているからまだ出たりしてるとか?」
胸の検診で病院に来ているだけでも冷静でいられないのに「脳」と言われ更に混乱。
考えてもいなかった脳の事。

体中が一気に熱くなり汗をかく。
男性医師、触診しつつ
「。。。。。マンモグラフィの後、血液検査しましょう。」
一旦、待合室に戻り再び呼ばれるのを待つ。
今、何を言われたのか混乱しぐるぐる考える。

血液検査ってホルモンの状況を調べるってことかな。
脳まで血液でわかるのかな。

そして、マンモグラフィ検査へ呼ばれ行くと
とても古そうな機材で胸を挟まれ母乳が出た。
検査室の壁紙は剥がれてボロボロ。

技師さんに念のため聞いてみる。
私「2年間、母乳が出ている人っていないんですか?」
技師「個人差ですから。」
私「先生が腫瘍って言ってたんですけど。。。」
技師「1つの不安を取り除こうということでしょう。」

その後、血液検査
血液抜く看護士さん「クラクラしませんか?大丈夫ですかー?」
私「大丈夫です。」
(っていうか先生が言った脳の腫瘍の事でクラクラしてるー!
そして今、血液抜く前に腕を吹くアルコールの脱脂綿を看護士さんが揉んでいたけど
何かの菌が私に入ったりしないのかな。たまに注射を打つ前に揉んでいる看護士さんがいるから気になっているんですけど。。。などいろいろ言えない。)

待ち合い室へ戻る。
お会計して病院を出る。検査結果は3週間後。。
結果が出るまで私はどのように過ごしていけるのかとても心配。
3週間ご飯は食べられるだろうか。。眠れるだろうか。。息子と遊べるだろうか。。

ずっと前にネットで見た情報では体質によりおばあちゃんになっても母乳が出る人もいるって書いてあったと思うのだけど〜。もう怖くてネットも確認できない。
病院も検診もお医者さんも嫌い。結果も聞きたくない。

なのにお会計を終えて病院を出ると、外はほど良く風が吹いていて
なぜか特別に生きている幸せを感じつつ(ショック療法?)
私は前に向かって歩きはじめ
ヨーカ堂で待ち合わせしていた夫と息子に会い
珍しく担々麺を食べました。のびているけど美味しい(涙)

実家の父に不安で電話してみたら
「なんでそんな変な病院に行くんだ!」と少し怒ったように言われた。
私の住んでいる区の婦人科はテレビとかに出ていて人気の病院があったりするのに
先生がとんでもないところが多い気がする。
更にまた不安を過剰に煽るお医者さんに出会ってしまった。
3週間後の私、元気に過ごしていますように。